博多駅から、
昔の博多を走ってみた。

博多駅〜櫛田神社 

博多駅から、時間を逆走してみた。
走って、曲がって、立ち止まる。
新しい街の隣に残る路地、寺、
暮らしの風景。その先に、
昔の博多が静かに息づいていた。

SAKU編集部 : Photo by Alexandre R.E

博多駅〜櫛田神社 

編集前記

走ってみなければ、わからない博多がある。
博多駅をスタートして、昔の博多を探しに走った。再開発が進み、ビルが立ち並ぶ駅前から、 少しずつ大通りを外れていく。一本裏へ入るだけで、街の音も景色も変わっていく。寺町、細い路地、古い建物。いつも通り過ぎていた場所に、知らなかった博多があった。今回は、そんな「走って見つけた博多」を訪ねる。

一、

博多駅、現在からスタート。

スタート地点は、いまの博多を象徴する博多駅。人が行き交い、電車が走り、駅前には新しいビルが並んでいる。見慣れた風景を背に、旧市街へ向かって走り出す。目的地だけを目指せば、きっと大通りを走って終わる。でも今回は、できるだけ知らない道を選んでみる。さて、どんな博多に出会えるだろう。

博多駅、現在からスタート。

二、

一本裏へ入ってみる。

大通りから一本入る。さらにもう一本入る。すると、街の表情が少しずつ変わってきた。新しい建物の隣に、昔からありそうな家がある。細い道の先には、小さな店や生活の気配。車の音も少なくなり、走る速度まで自然と落ちていく。博多は、表通りだけを見ていると気づかない。路地に入って、ようやく街の素顔が見えてくる。

一本裏へ入ってみる。

三、

博多旧市街へ。

走っているうちに、街の時間が少しずつ遡っていくような感覚になった。寺町の風景、古い建物、道の形。観光地として整えられた場所だけではなく、普通の暮らしが残っていることが面白い。地図を見れば、目的地までの距離はわかる。でも、街の記憶まではわからない。自分の足で走ると、その距離が少しだけ身近になる。

博多旧市街へ。

四、

永寿院で、足が止まった

走るために出てきたのに、永寿院の前で足が止まった。静かな境内と、周囲の街並み。その場所だけ、時間の流れが少し違うように感じる。ランニングでは、つい先へ先へと進んでしまう。でも、街を知るには立ち止まることも必要らしい。しばらく眺めて、また走り出す。目的地へ急ぐだけでは見えなかった風景だった。

永寿院で、足が止まった

五、

冷泉町の路地

冷泉町へ入ると、さらに博多の暮らしが近くなる。観光スポットというより、そこに人が暮らしている街。その中を走らせてもらうような感覚だ。古い家の軒先や小さな路地、何気ない看板まで気になってくる。写真を撮りながら走ると、普段なら見過ごすものに目が留まる。ランニングは、意外と街を見るのに向いているのかもしれない。

冷泉町の路地

六、

櫛田神社へ。

路地を抜け、櫛田神社へ向かう。博多を走るなら、一度は立ち寄りたい場所だ。ここまで来ると、さっきまで走っていた細い路地とは違う空気がある。けれど、その先には川端の街や商店街が続いている。新しい博多と古い博多は、別々の街ではない。路地を走ってきたからこそ、そのつながりが少し見えた気がした。

櫛田神社へ。

七、

走って見えた、博多の二つの顔。

今回走って感じたのは、博多には「新しい」と「古い」が同時に存在しているということ。再開発された博多駅から、寺町へ、冷泉町へ、そして櫛田神社へ。距離にすれば、それほど遠くない。でも、その間には何百年という時間が重なっている。新しいものが増えていく一方で、残っているものもある。その両方を感じられるのが、博多の面白さなのだと思う。

走って見えた、博多の二つの顔。

八、

街は、走ると少し近くなる。

今回のランニングで、改めて思った。知っているつもりの街にも、まだ知らない場所がたくさんある。歩いて、走って、寄り道して、時々立ち止まる。すると、街の風景が少しずつ自分の記憶になっていく。博多駅から始まった今回の路地裏探訪。昔の博多を探しに来たはずなのに、最後に見つけたのは、いまも続いている博多の日常だった。

街は、走ると少し近くなる。

編集後記

次は、どの路地へ。
博多駅から走り始めて、気がつけば何百年という時間を遡っていた。再開発された駅前の風景から、寺町、細い路地、古い建物、そして櫛田神社へ。距離にすれば数キロなのに、その間にはずいぶん長い時間が流れている。普段なら車や電車で通り過ぎてしまう場所も、自分の足で走ると、建物の佇まいや道の曲がり方、人の暮らしまで気になってくる。街は、ただ歩くだけでも面白い。でも、少し汗をかきながら走ってみると、もっと身近になる。今回見つけたのは、観光地としての博多ではなく、今も暮らしの中に息づいている博多だった。さて、次はどの路地を走ろうか。