山のふもとの街を走る。
北九州市八幡東区
夕暮れの八幡を、路地から走る。
製鉄の街として大きく発展した
八幡東区。
古い家並みの中には、
今も人の暮らしの風景が残っている。
SAKU編集部 : Photo by Alexandre R.E
編集前記
夕方になると、街の表情が少し変わる。
昼間は忙しそうに見えた道路も、仕事帰りの車が増え、
住宅街には家へ帰る人の気配が漂い始める。
今回のコースは、前田から平野、そして帆柱へ。
八幡といえば、製鉄の街というイメージが強い。
大きな工場や幹線道路、そしてその背後に連なる山々。
けれど、少し道を外れてみると、
そこには坂道と路地が入り組んだもうひとつの八幡がある。
一、
前田の夕暮れは、街の記憶から始まる。
大きな道路から一本入るだけで、街の表情が変わる。建物の隙間から山が見え、住宅の向こうには八幡らしい坂道が続いている。 前田という地名には、八幡の近代化とともに発展してきた街の時間が刻まれている。走り始めてすぐに感じるのは、この街が 「平らではない」ということ。少し走れば坂。坂を上れば、また坂。ランナーにとっては、なかなか手強い。 しかし、このアップダウンがいい。
二、
路地に入れば、八幡の日常が見えてくる。
大通りを離れて、細い路地へ。ここからが「路地裏探訪」の本番だ。 八幡東区の住宅地には、坂と路地が複雑に入り組んでいる。 新しい住宅の隣に、少し年季の入った家がある。 きれいに整備された道路の横に、昔から変わっていないような階段がある。 街は新しくなっているのに、ところどころに時間が取り残されている。 そんな風景に出会う。走る。止まる。写真を撮る。また走る。 多分、効率は悪い。でも、路地裏探訪に効率なんて必要ない。 むしろ、寄り道こそが本編なのだ。
三、
坂道の向こうにある暮らし
前田から平野〜帆柱へ向かう。このあたりまで来ると、住宅地の密度や道の表情が少しずつ変わっていく。 坂道を上りながら振り返ると、街の向こうに八幡の風景が広がる。ここでふと思う。 「昔の人は、この坂を毎日歩いていたのか。」今なら車や自転車がある。 しかし、かつてはこの坂道も、買い物へ行く道であり、学校へ通う道であり、仕事へ向かう道だった。 坂には、暮らしの歴史が残る。平野という場所を走っていると、八幡が単なる「製鉄の街」ではなく、 人が暮らし、働き、家族をつくってきた生活の街だったことが見えてくる。
四、
時間が止まる。
路地を走っていると、突然、時間の流れが変わったような場所に出会う。 古い家。小さな庭。昔ながらの商店。看板。こういう場所に出会うと、つい足が止まる。 街ランの魅力は、予定していなかったものに出会うこと。Googleマップにも載っていない。 観光ガイドにも紹介されていない。けれど、自分にとっては忘れられない風景になる。 路地裏には、そういう「個人的な名所」がたくさんある。今回のランニングでも、 何度も立ち止まった。走行距離は伸びない。写真だけは増えていく。 まあ、それも含めてランニングということで。
五、
帆柱へ向かう。街から山へ
平野を抜け、少しずつ帆柱へ向かう。ここから街の空気が変わってくる。 住宅地の向こうに山が近づき、坂道も少しずつ険しくなる。 八幡東区を象徴する風景のひとつが、街と山が近いことだ。 都市でありながら、自然がすぐそこにある。この距離感が面白い。 さっきまで住宅街の細い路地を走っていたのに、少し進むだけで緑が増えてくる。 人工物と自然。古いものと新しいもの。 工業都市と山。八幡には、異なるものが隣り合って存在している。
六、
帆柱の坂。ランニングが修行になる
そして、来た。坂。しかも、なかなかの坂。 ここまで路地裏を楽しみながら走ってきたが、帆柱に近づくにつれて、完全に「街探訪」から「トレーニング」へと変わっていく。 足が重い。呼吸が荒い。「なんで走ってるんだろう。」そんな疑問が頭をよぎる。 でも、不思議なもので、坂を上り切ると少し気分がいい。ランニングには、こういう単純なところがある。 苦しい。でも、やめない。そして、終わったら少しだけ自分を褒めたくなる。 街を走っているつもりが、いつの間にか自分自身と向き合っている。 路地裏探訪、なかなか奥が深い。
七、
振り返れば、八幡の街がある
坂を上り、ふと振り返る。 そこには、これまで走ってきた街がある。 前田。 平野。 その先に広がる八幡の街。 建物が重なり、その向こうにさらに山がある。 走ってきた距離を振り返ると、街の見え方も変わっている。 地図では一本の線にしかならない道も、実際に走ってみれば、坂があり、匂いがあり、音があり、人の暮らしがある。 街は平面ではない。 高さがあり、奥行きがあり、時間がある。
八、
夕暮れの八幡、その余白を走る。
前田から平野、そして帆柱。夕刻の八幡東区を走ってみて、改めて思う。 街の魅力は、目立つ場所だけにあるわけではない。むしろ、何気ない路地や坂道に、その街の本当の姿が残っている。 製鉄の街として知られる八幡。けれど、その大きな歴史のすぐそばには、家があり、商店があり、学校があり、そこに暮らしてきた人たちの日常がある。夕暮れの路地を走ると、その日常が少しだけ見える。誰かが家へ帰る。誰かが夕食の準備をする。 街に灯りがともる。そして、一日が終わっていく。そんな当たり前の風景が、妙に美しい。路地裏は、街の余白。
- 皿倉山をを見上げる
- 皿倉テラス
- 八幡のチャンポン
- 平野地区公園
編集後記
夕方に走るのが好きだ。
一日の仕事を終えて、身体を動かす。
昼間の頭の中に詰まっていたものが、走っているうちに少しずつ抜けていく。
そして、街の景色が変わっていく。
今回の前田〜平野〜帆柱も、そんな時間だった。
走り始めた頃はまだ明るかったのに、坂を上っているうちに日が傾き、
帰る頃には街に灯りがともっていた。
たった数時間。
でも、その中で街はちゃんと表情を変える。
それを見ることができるのも、夕刻に走る面白さなのだと思う。
SAKUの「路地裏探訪」は、名所を紹介するためのものではない。
少し遠回りして、一本裏の道へ入ってみる。
そこで何かを見つける。
八幡東区、まだまだ走り足りない。
次回もまた、夕暮れの街へ。