建築史より、
自分の個性。
建築家 香月 龍己
リスペクトする建築ですか?
自分が独立した頃に建てた家ですかね。
取材・構成 イワブチシンジ
編集前記
建築家に「最も影響を受けた建築は?」と尋ねれば、多くの人は巨匠の名を挙げる。
ル・コルビュジエ。アルネ・ヤコブセン。ケース・スタディ・ハウスなど、、名建築史を彩る名作は数多い。しかし香月氏の答えは、そのどれでもなかった。「独立した頃に自分が設計した家。」ある意味、未熟だった自分自身が、初めて世の中へ差し出した一棟。人は過去の偉人を追いかけることで成長するのではない。自分だけの原点を持つことでしか、本物にはなれない。
第一章 幼少期
原点は、教室にはなかった。
北九州の自然豊かな環境で育った香月少年は、決して優等生ではなかった。テストは一桁。宿題は白紙。教室で皆と同じ方向を向くことに、どこか息苦しさを感じていた。しかし、美術だけは違った。絵を描く。手を動かす。形を考える。そこには勉強とは違う自由があった。中学三年の夏。「絵を描く仕事がしたい。」そう考えた彼は、建築という世界へたどり着く。偏差値を半年で二十近く伸ばし、戸畑工業高校建築科へ進学。目的が決まると、人は驚くほど強くなる。香月氏の設計思想は、この頃すでに始まっていた。
第二章 青年期・転機
建築史より、自分史。
建築家が憧れの建築を語るとき、多くは歴史に名を残す名作を挙げる。しかし、香月氏が原点として語るのは、独立当時に自ら設計した最初の住宅だ。施主と向き合い、自ら考え、責任を持って完成させた一棟。その経験こそが、建築家としての礎になったという。他人の価値観ではなく、自分自身の歩みを信じること。香月氏にとって、その最初の住宅は、今も変わらない設計思想の原点である。
第三章 宣言
家ではなく、生活を設計する。
建築設計とは、図面を描くことだけではない。 住宅には流行がある。ホテルライク。北欧。ジャパンディ。だが流行は、いつか終わる。 香月氏が見ているのは、その先だ。朝の光。食卓を囲む時間。子どもが走り回る音。窓から見える季節。設計するのは建物ではない。そこで流れる住む人の人生そのものだ。だから彼の住宅は、派手ではない。しかし、いつまでも居心地がいい。建築とは、住む人の時間を受け止める器なのである。
第四章 価値観
異端は、流行にならない。
香月氏は「人の価値観は自由」と言う。 誰かが決めた正解を追いかけない。 評価よりも、自分が納得できるか。 流行よりも、自分が信じられるか。 それだけだ。 建築とは、 他人の歴史を学ぶことではなく、自分の歴史を積み重ねること。異端とは、目立つことではない。 最後まで、自分を裏切らないことである。 香月氏は建築のジャンルは問わない。 住宅も、クリニックも、オフィスも、ギャラリーも。そのすべてに共通するのは、流行ではなく 「その場所にしかない価値」を設計するという姿勢である。
第五章 姿勢
生活をデザインする。
住宅は、建築家の作品ではない。そこに暮らす人の人生を受け止める器である。 香月氏は、設計を始める前に「どんな家を建てたいですか」とは尋ねない。家族がどんな時間を過ごし、 どんな朝を迎え、どんな未来を描いているのか。その対話から設計は始まる。朝日が差し込むダイニング。 子どもたちの笑い声が響くリビング。一人静かに本を読む窓辺。建築とは、壁や屋根を組み立てることではなく、 人の暮らしに流れる時間をデザインすることだと考えている。 だから、香月氏の住宅には決まった「作風」がない。
第六章 シンボルとしての建築
企業価値をつくる建築。
香月氏の設計は、住宅だけにとどまらない。クリニック、企業オフィス、店舗、工場まで、その対象は幅広い。 だが、用途が変わっても出発点は同じだ。 考えるのは建物の形ではなく、その企業が何を目指し、どんな価値を社会に届けるのかという本質である。 建築は単なる器ではない。働く人を支え、顧客を迎え、企業文化を育てる舞台だ。 香月氏は建築を経営資源の一つと捉え、空間を通して企業の未来を設計している。
第七章 これから 未来
建築の、その先へ。
建物は、完成した瞬間が終わりではない。 人が集い、時間が流れ、そこに新しい価値が生まれて初めて、建築は生き始める。 香月氏が運営するレンタルスペースR906は、その思想を形にした場所だ。自由に使える場として、交流や発想が生まれている。 大分・由布院のショールーム兼プライベートハウスでは、暮らしの中で建築思想を表現している。 進行中のアートギャラリー計画もまた、建築と文化、人をつなぐ試みである。 建築とは、箱をつくることではない。人と人、地域と文化を結びつける「場」を育てること。
第八章 これから 未来
建築家ではなく、価値創造者。
約二時間の対話で、香月氏が語ったのは流行ではなく、「人」「暮らし」「価値」だった。「過去の建築に興味はない。」その言葉は、歴史を否定するものではない。 誰かの正解をなぞるのではなく、自分の経験と施主との対話から、その場所だけの答えを見つけるという姿勢だ。 建築は、建物をつくることではない。 人が暮らし、働き、時間を重ねていくための土台をつくること。香月氏が設計しているのは、建築の先にある価値をつくる 価値創造者なのだ。
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- 永源寺 観音堂
- ななほしTERRACE
- Dry Office
- R906
編集後記
人はつい、成功者の答えを探したくなる。
しかし建築家・一級建築士の香月氏は、誰かの答えではなく、自分への問いを追い続けてきた。それは建築だけではない。
デザインも、経営も、本質的なブランディングも同じだ。本当の価値とは、自分自身の経験の中にしか存在しない。
香月氏とのインタビューで改めてそう思える。
だから彼は、何かを作り続ける、そしてそれを誇り、無から有、ゼロイチを創造。
そこには、誰にも真似できない思想が宿っているからだ。
機会があれば、そのプライベートハウスを兼ねたショールームにお伺いして
バーベキューでもしたいものである。